仙台高等裁判所 昭和39年(う)455号 判決 1965年6月28日
被告人 大泉保寿 外一名
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
理由
本件各控訴趣意は被告人両名の弁護人渡辺大司名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一点(原判示冒頭および第一、第二の各事実誤認、法令適用の誤り)について、
原判決挙示の証拠によれば、原判示冒頭および第一、第二の事実はすべて認定できるのであつて、記録その他原審で取り調べた証拠を調査し、当審における事実取り調べの結果に徴しても原判決の右事実認定に誤りがあるとは認められない。
一、(イ) 論旨はまず、原判決がその冒頭において、原判示伊藤ビルの新築工場現場(以下本件工場現場という)における被告人大泉の権限ないし責任につき「同現場における総括責任者として労務者の指揮監督作業の計画、実施および安全管理等同工事の労務者及び工事関係一切を統括しているものである」と判示したのに対し、同被告人が本件工事現場における現場主任としてその工事作業についての指揮監督者であつたことは記録上明らかであるが、その責任および責任の内容が前記原判示のようなものであつたということは、原判決の挙示する全証拠によつても認めることはできない。また前記判示の「総括責任者」および「一切を統括している」ということが何を指称するのか、またその有している義務責任等が如何なるものかは一切不明であると主張する。しかし、原判決の挙示する被告人会社の諸規定一冊(原審昭和三九年押第五〇号の四、当審同年押第一五七号の四)によれば、その現場処務規程第四条一項において「現場主任ハ上長ノ命ヲ承ケ部下ヲ指揮シ現場一切ノ監督ノ責ニ任ス」と規定するほか、その第六条には、現場主任が各現場毎に、勤務日誌、金銭出納簿、工事実行予算書ならびに予算経理簿、機械器具備品の台帳、材料簿、工程表、出面簿等の備え付け、整理保存の責任を有するものであることが定められていることが認められ、被告人会社仙台支店長橋本勝二郎の検察官に対する昭和三八年一一月二九日付供述調書によれば、仙台支店の実態について言うと、現場主任の上長というのは支店長と建築工事については建築課長である。現場主任の有する「現場一切の監督」の中には、安全管理ももちろん含んでいる。工事は私と建築課長の相談で現場主任を選定し、それからその現場主任を交えて三人で工事計画を相談し、工程表に基づいて施工に入るということになる。建築課長と現場主任との関係は原則的には建築課長の命を受けて現場主任が工事を進めることになることは間違いないが、現場が多い関係や遠隔地の現場が多い関係などの理由によつて、現場運営については全般的に現場主任に任せており、建築課長が現場にタツチする面は少い。大綱的なことは現場処務規程などにいろいろ決められているし、また従来から慣習により現場主任が円滑に工事を進めている。工事の基本的なことは工程表などによつて決められてあるから特に建築課長の指示監督を要するような事項も少なく、現場主任の権限も勢い大きくなつて、大部分のことを独自の判断によつて工事を進めているような状態である。私は各現場を一ヶ月か二ヶ月に一度は巡視することにしている。仙台支店は機構そのものも十分とは言い得ないし、分業化も本社のようなわけにはゆかないので、前述のとおり勢い現場主任に一切を任せるようになつてきているわけである(六六丁以下)、というのであり、被告人会社仙台支店建築課長下田由己の検察官に対する昭和三八年一一月二八日付供述調書によれば、仙台支店の建築課のばあいをいうと、私が各建築現場主任を監督する立場にあるが、監督するといつてもすべてについてというわけではない。大綱的なことは会社の規則に決つているし従来からの慣習もあり、それらによつて運営されている。施工上の現場での細部的な事項は、すべて現場主任の独断によつて処理されている。現場主任は現場における最高の責任者であつて工事一切について指示監督し工事を進める者である。現場は生きているものであるし柔軟性に富んだ運営を必要とする関係で従来から現場主任が独自の判断をもつて工事を指揮監督する場合が多分に多いのである。仙台支店では普通八箇所から一〇箇所位の現場を待つているが、私は一ヶ月のうち八日から一〇日位の日数で四―五箇所の現場に出張する。伊藤ビル現場には本件事故まで四回位行つている(ちなみに伊藤ビルの着工は昭和三八年六月中旬であり、原判示第二の事故は同年九月一四日である)、というのであり、被告人大泉の特別司法警察員に対する昭和三八年九月一七日付供述調書によれば、伊藤ビル建築工事のため私が現場主任となり部下として常時一五人位の労務者を使用していた。私の現場主任としての職務は工事全般について指揮監督するというものであつて、施工上の指揮監督、労働者の雇入解雇、労働者の指揮監督、安全管理等同工事の労働者および工事関係一切を統括する権限を与えられているのである(三五九丁裏以下)、というのであつて、以上の証拠関係からすれば、原判決の前記冒頭の判示事実は優に認定できるのである。そして右判示事実の内容は原判示第一の労働基準法違反罪成立に必要な「安全管理」の責任者が現場主任である被告人大泉であること、原判示第二の業務上過失致死罪成立に必要な、現場作業の計画、その実施および労務者に対する作業の指示命令等工事の実施、労務管理について本件工事現場においては同被告人が最高の権限ないし責任を有し、かつこれを行なつていたものであることを示しているのであつて、所論のように内容不明のものとはいえない。
つぎに論旨は被告人大泉は労働基準法四二条の「使用者」には当らないと主張する。しかし同法一〇条は「この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう」と規定しているのである。労働基準法は、いうまでもなく労働者の保護を目的とするものであり、それが実効あらしめるために職場におけるいわゆる労務管理の現実を規制し、その直接の担当者を労働基準遵守の責任者としたのが右一〇条の規定である。そして同法四二条は労働者を作業上の危害から護るため使用者にいわゆる安全管理の責任を課したものである。ところで被告人大泉は本件工事現場における安全管理の責任者であることは前記原判示のとおりであるから、本件工場現場における安全管理について事業主たる被告人会社のために行為する者に当ることは明らかであり、それは同法一〇条の「その事業の労働者に関する事項について事業主のために行為するすべての者」の中に含まれ、したがつて同法四二条の「使用者」に当るものであることはいうまでもない。これと異なる所論は採用でない。
(ロ) つぎに論旨は、原判決が原判示第一において、引込高圧電線の裸線の部分を「腕木から約八五センチメートルにわたり被覆されずに露出したままであつたので」と判示したのは誤認であると主張する。しかし、原判決は「……右高圧電線の一部は、前記H型電柱の腕木の引止め碍子から約三〇センチメートルの線上から、右H型電柱上の変圧器に向つているリード線があり、そのため前記絶縁管の取りつけが容易でなかつたままに右腕木から約八五センチメートル(右リード線の部分から北へ約三〇センチメートル)にわたり被覆されずに露出したままであつたので……」と判示しているのであるから、必ずしも原審が所論のような判断のもとに前記判示をしたものとは認められない。すなわち右判文によると、原判決は「右腕木から約八五センチメートル」のつぎに括弧して(右リード線の部分から北へ約三〇センチメートル)と判示し、つづいて「にわたり被覆されずに露出されたままであつたので……」と判示しているのであるから、むしろ充電された電線で被覆されずに露出したままの部分はいわゆるリード線の部分から北へ約三〇センチメートルにわたる部分と判断し前記のように判示したものというべきである。なお右の部分が充電された電線で被覆されずに露出していたことは、論旨も争わないところであるし、原判決挙示の司法警察員および特別司法警察員の作成した各実況見分調書により認められるところであつて、この点を原判決が認定判示している以上、原判示第一の労働基準法一一九条一号四二条の安全管理義務に違反した罪の要件事実として労働安全衛生規則一二七条の八所定の「感電の危害を生ずるおそれがあるとき」に当る十分な事実を判示しているのであるから、原判決には判決に影響を及ぼす事実誤認があるとはいえず(なお右判示がある以上原判示第二の業務上過失致死罪成立の要件としても十分である)、所論は結局採用できない。
(ハ) 論旨はさらに原判決が判示第一において「被告人大泉が危害の発生を防止するため必要な措置を講ぜず」と判示したのも誤認であると主張する。しかし、労働基準法四二条に規定する「危害を防止するために、必要な措置を講じなければならない」というのは、現実にその措置を講ずることが必要とされるのであつて、単にその措置を講ずるために努力したというだけでは足りるものではなく、たとえその措置を講ずるには自らの手ではできず他の者の専権に属するような場合であつても、その者にその措置を講ずべきことを依頼したのみでは、やはり同条の危害を防止するために必要な措置を講じたとはいえないのである。いやしくも現実にその措置を講じないかぎり、当該危害を受けるおそれある場所で労働者を就労させることは許されないのである。記録によれば被告人大泉は東北電力株式会社およびその下請会社に同判示引込電線からの危害を防止するための措置を講ずるよう再三にわたり依頼し要求したが同会社らはいずれも完全なその措置を講じなかつたものであることは所論のとおりであるが、しかし、原判決挙示の証拠によれば、前記のように充電せる架線の一部が被覆されずに露出していて感電のおそれがある状態にあつたことを被告人大泉は十分知つていながら、労働者桜田藤男らを同所附近で作業させるにあたり、同所に労働基準法四二条による遵守事項として同法四五条に基づく労働安全衛生規則一二七条の八に定められた原判示第一のような危害防止に必要な措置を現実には全然しなかつたものであることが認められるのであるから、同被告人は労働基準法四二条の危害を防止するために必要な措置を講じなかつたものというほかはなく、この点に関しても原判決には事実誤認の誤りは認められない。
(ニ) 以上のとおりであるから、原判決が、原判示第一の被告人大泉の所為につき、同被告人を労働基準法一一九条一号四二条労働安全衛生規則一二七条の八に問擬し、被告人会社を右各法条と労働基準法一二一条一項に問擬したのは正当で、この点に関する法令適用の誤りも認められない。
二、論旨は原判決が判示第二において、労務者桜田藤男の感電死が被告人大泉の過失によるものと認定判示したのは誤認であると主張する。しかし前段説示の事実関係のもとでは(前記一の(ハ))、労務者桜田の感電死は被告人大泉のいわゆる安全管理の義務を怠つた過失によるものであることは明らかである。所論指摘の東北電力株式会社の責任は、それが被告人会社に対する民事上のものとしては格別、被告人大泉が使用者として課せられた安全管理義務を尽さなかつたものとしての刑事上の責任の成立には少しも影響はないものというべく、この点に関する原判示第二の事実には誤認の誤りはなく、事実誤認を前提とする法令適用の誤りを主張する所論はその前提を欠くものといわなければならない。
以上要するに、原判決にはその冒頭および第一、第二の各事実につき事実誤認の誤りも法令適用の誤りも認められない。論旨はいずれも理由がない。
控訴趣意第二点(原判示第二の法令適用の誤り)について、
論旨は要するに、原判示第二のいわゆる危害防止に必要な措置を講じないままで労務者桜田を作業させてはならないということを被告人大泉に期待することは不可能であるというにある。しかし同被告人のいわゆる使用者としての危害防止に必要な措置を講ずる義務ないしは責任の内容およびこれと東北電力株式会社の責任との関係については前記(控訴趣意第一点に対する判断一の(ハ))説示のとおりであるのみならず、同被告人は原判示第二の判示する危害を生ずるおそれある場所にその標示すら措置していないことが記録上明らかであるし、また前に挙げた各実況見分調書、原審および当審における各検証調書によれば、前記危険な場所における同判示の仮枠の取りはずし作業の如きは一時中止しても工事全般の進捗にはさしたる影響はないものと認められるのであるから、期待可能性がないとの所論は採用できず、この点の論旨も理由がない。
控訴趣意第三点(被告人大泉に対する量刑不当)について、
所論にかんがみ記録および当審における事実取り調べの結果に徴するに、被告人大泉は前記のような重大な責任を有しながら、原判示第一の如く安全管理義務を尽さず、そのうえ労務管理にも適切を欠いて原判示第二の如く労務者桜田を感電により死亡するに至らしめたものであつて、その過失は重くその責任は大であるというべく、その他諸般の事情をもあわせ考察すれば、所論の事情、被害者の遺族に対する弁償等同被告人に有利と認められる一切の事情を考慮しても、原判決が同被告人を禁錮六月、執行猶予二年に処し、罰金刑に処さなかつたのは相当で、これを目して原判決の量刑が不当に重過ぎるとはいえない。この点の論旨も理由がない。
よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、同法一八一条一項本文一八二条により当審における訴訟費用は全部被告人両名に連帯して負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤寿郎 小嶋弥作 杉本正雄)